News Release

リングはよく光る!分子集合体の「形」と「発光特性」の関係を解き明かす

〜機能性分子の集合構造設計における新たな指針〜

Peer-Reviewed Publication

Chiba University

image: 

(a) The toroidal assemblies with no termini are not easily deformed in solution, resulting in less excitation energy loss and strong yellow fluorescence. (b) The randomly coiled assemblies are easily deformed, resulting in excitation energy loss and a weak orange fluorescence.

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Credit: Sho Takahashi from Chiba University, Japan

■研究の背景
 有機分子の魅力の一つに、同じ化学組成を持っていても、分子の形を変えることによって新たな性質が生まれるという点があります。例えばこれまで化学者は、ベンゼンに代表される環状分子の構造と性質の関係に魅せられ、シクロパラフェニレン注1)などの、より大きな環状分子を合成しその性質を調査してきました。これらの環状分子は、末端がないことによる構造変化の抑制などの効果によって、末端のある鎖状分子とは異なる性質を示すことがわかってきています。
 では、原子をつなげて分子を作る場合だけでなく、分子を集めて分子集合体を作る際も、同様の環化の効果は期待できるのでしょうか?この疑問に答えるには、同じ分子からなる環状分子集合体と鎖状分子集合体の性質を比較する必要がありますが、分子の集合過程を制御して形を作り分けることは困難であるため、答えは謎に包まれていました。

■研究成果
 今回、研究チームは、約500分子からなる末端のない「環状分子集合体」と、同じように湾曲を描くが閉じずに伸びた「鎖状分子集合体」とで、内部の分子の発光性能が変化する、すなわち前者と後者が異なる発光性能を持つことを見出しました。
 研究チームはこれまで、溶液中で水素結合によって風車状ユニットを形成し、このユニットがカーブを描きながら弱い力で積層することで、一定の湾曲を描きながらヒモ状に集合する分子1を開発しており、湾曲を利用した構造として環状鎖状分子集合体を作り分けることに成功していました(図1)。一般的に単体の分子では、末端がないことで構造変化が抑制される環状分子は、鎖状分子とは異なる発光性能を示すことが知られているので、研究者らは、分子集合体においても環状鎖状構造とで発光性能が異なるのではないかと予想しました。実際、分子1の環状分子集合体は鎖状分子集合体よりもわずかに強いエネルギーの発光を示しましたが、それは顕著な差とは言えない程度でした。分子1は、潜在的に強く発光する分子ではないため、環状および鎖状分子集合体の発光性能の差が顕著に現れなかったと考えられます。
 上記の結果を得て研究チームは、環状鎖状分子集合体の発光性能の差を顕在化させるべく、強発光性部位を導入した発光分子2を合成しました(図2)。分子2を用いて環状または鎖状分子集合体が含まれる二つの溶液を調製し、それらの発光を比較したところ、環状分子集合体は強い黄色発光を、鎖状分子集合体は弱い橙色発光を示しました。吸収した光と放出する光の割合を表す発光量子収率Φf注2)は、環状分子集合体が21%、鎖状分子集合体が9%となり、前者が2倍以上優れた発光性能を持つことがわかりました。分子が光を放出する過程をピコ秒(10−12秒)レベルで解析した結果、この現象は、鎖状分子集合体内部の分子2がねじれやすく、光によって得たエネルギーが構造変化によって損なわれることが原因であることが明らかになりました。鎖状分子集合体内部の分子のねじれは、鎖状分子集合体が溶液中で変形することで生まれた「欠陥」で起きると考えられます。一方、末端のない環状分子集合体は、溶液中での変形が抑制されることで欠陥が生まれないため、強く発光できると考えられます。実際、鎖状分子集合体内部よりも環状分子集合体内部においてエネルギーが2倍以上遠くまで移動することも明らかになり、鎖状分子集合体内部に存在する欠陥がエネルギーを捉えていることが示唆されました(エネルギー移動距離:環状構造 = 8.1 nm、鎖状構造 = 3.5 nm)。

■今後の展望
 本研究は、分子を環状に組織化することの意義を示した初めての成果と言えます。今後、用いる分子の種類のみならず、分子のメゾスケール注3)での集合構造を制御することで、有機EL(エレクトロルミネッセンス)などの発光デバイスや太陽電池デバイスなどの性能を、さらに向上させることが可能になるかもしれません。現段階では分子を環状に集合させる一般的な分子設計は確立されていませんが、これまでにさまざまな分子に対して環状分子集合体の形成が世界中で報告されています。従って、機能性材料を高性能化させる戦略の一つとして、本研究によって示された「分子を環状に集合させる」という手法の一般化が期待できます。

■用語解説
注1)シクロパラフェニレン:ベンゼン環をパラ位で環状に連結した化合物。カーボンナノリングとも呼ばれる。
注2)発光量子収率:吸収された光(エネルギー)に対して、どのくらいの効率で発光が得られるかを表す値。
注3)メゾスケール:ナノスケールとマイクロスケールをつなぐ中間領域(数ナノ〜マイクロメートル)。

■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の支援によって行われました。
• 科学研究費助成事業(JP22H00331, JP23H04873, JP23H04875, JP23H04877)
• 公益財団法人 三菱財団
• 国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST) 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2109
• 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 フォトンファクトリー共同利用実験課題 Proposal No. 2020G567

■論文情報
• 論文タイトル:Impact of Ring-Closing on the Photophysical Properties of One-Dimensional -Conjugated Molecular Aggregate
• 著者:髙橋渉*1, 松本巧真*2, Martin J. Hollamby*3, 宮坂博*4, Vacha Martin*2, 五月女光*4, 矢貝史樹*5,6
*1 千葉大学大学院融合理工学府先進理化学専攻
*2 東京工業大学大学院物質理工学院材料系
*3 キール大学(英国)
*4 大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻
*5 千葉大学大学院工学研究院
*6 千葉大学国際高等研究基幹
• 掲載誌:Journal of the American Chemical Society
• DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.3c11407 
 


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