News Release

花が散りゆく仕組みを遺伝子から解明

〜オートファジーにより、古い花びらの根本を狙い撃ちして除去していた〜 作物や花卉の落花時期の調節も可能に

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: 

a. Arabidopsis inflorescence structure. Wild type and JA-related mutant are shown. b. Arabidopsis petal bases. JA reporter expression in wild type and JA-related mutant is shown. c. Arabidopsis petal cells. TEM images in wild type and JA-related mutant are shown.

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Credit: Nobutoshi Yamaguchi

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩崎一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の山口暢俊准教授、伊藤寿朗教授、白川一助教、郷達明助教、中部大学の鈴木孝征教授、名古屋大学の石黒澄衞准教授、理化学研究所バイオリソース研究センターの市橋泰範チームリーダー、同環境資源科学研究センターの豊岡公徳上級技師らの共同研究グループは、ノーベル生理学・医学賞でも注目された「オートファジー」という細胞内のタンパク質などを自ら分解する機能を使って、植物が古くなった花びらを除去していることを解明しました。この成果により、花が散る時期を人為的に調節できるようになれば、長持ちする花を作るなど、園芸や農業の分野での応用が期待できます。

動物では、オートファジーという自らの成分を分解する「自食作用」によって、日々細胞のメンテナンスをしています。細胞内にあるタンパク質や細胞小器官を新鮮に保つために、いつも一定の割合で古くなったものが識別されて、分解されます。これにより、動物細胞の健康は保たれているのです。このオートファジーが起こせなくなると、神経変性疾患やがんの発症リスクが高くなることがわかっています。

植物においても、このオートファジーは常に起こっており、細胞内の新陳代謝を行っています。特に、植物は一生を通して自身の体作りを行うので、古い器官を除去するなど細胞の健康を保つメンテナンスの役割は非常に大きくなるはずです。これまでにイネやトウモロコシなどの穀類、アサガオやペチュニアなどの花卉植物において、オートファジーを制御する遺伝子が非常に多く存在していることがわかっていましたが、その中でも花でオートファジーがどのような役割を果たしているのかということについてはわかっていませんでした。

山口准教授、伊藤教授らの共同研究グループは、モデル植物であるシロイヌナズナの花を使って実験を行い、老化を促進するジャスモン酸という植物ホルモンが古くなってきた花びらの根元に溜まってくることに気が付きました。このホルモンが花びらの根元に溜まると、オートファジーを制御する遺伝子が、花びらの根元で限定的に働き始めます。そうすると、花びらの根元の細胞にある物質を包み込むオートファゴソームという丸い袋ができ、自食作用の担い手となって不要なものを分解します。この作用により、古い花びらの根元の細胞の性質が変わり、その花びらが選択的に散っていくことがわかりました。花びらが散っていくという生命の神秘を支える普遍的な仕組みを知るだけでなく、その仕組みを有効に使って農業や園芸の分野で利用していくうえでも非常に重要な成果です。

本研究成果は2024年2月6日(火)付けで英国の科学雑誌「Nature Communications」に掲載されました。

【背景と目的】

動物では、細胞の恒常性を保つために、オートファジーを行っています。「オート」とはギリシャ語で「自分」、「ファジー」は「食べる」という意味です。このオートファジーという細胞が自らの成分を分解する「自食作用」によって、日々細胞のメンテナンスが行われています。細胞内にあるタンパク質や細胞小器官を新鮮に保つために、細胞内に隔離膜で囲まれた小さい袋である「オートファゴソーム」が作られます。このオートファゴソームが大きくなり、凹むように変形して、分解する物質が取り込まれます。動物では、このオートファゴソームがリソソームと呼ばれる分解酵素の入った器官と融合し、内容物が分解されます。これにより、動物細胞の健康は保たれています。このオートファジーが起こせなくなると、神経変性疾患やがんの発症リスクが高くなることがわかっています。

植物においても、このオートファジーは常に起こっており、細胞内の新陳代謝を行っています。植物でもオートファゴソームは作られますが、液胞と呼ばれる器官と融合して、物質が分解されます。特に、植物は一生を通して自身の体作りを行うので、古い器官を除去するなど細胞の健康を保つメンテナンスの役割は非常に大きくなるはずです。イネやトウモロコシなどの穀類、アサガオやペチュニアなどの花卉植物において、オートファジーを制御するAUTOPHAGY RELATED GENES (ATG)遺伝子群が非常に多く存在していることがわかっていました。また、花びらが古くなっていく過程で、細胞小器官などが液胞に取り込まれ、部分的に分解されている顕微鏡像も得られていたことから、花におけるオートファジーの重要性が予想されていました。しかし、実際に花でオートファジーがどのような役割を果たしているのかについてはわかっていませんでした。

【研究の内容】

今回、私たちは、老化を促進するホルモンであるジャスモン酸が作れないシロイヌナズナの突然変異体では、花びらが散るのが遅くなることに注目しました。「花が散る理由を知るうえで良い研究材料になるのではないか」と考えたからです。野生型のシロイヌナズナでは、適切なタイミングで花びらが散ります。この野生型では、ジャスモン酸だけでなく、酸化ストレスと呼ばれる生体損傷をもたらす活性酸素について調べても、散る直前の花びらの根元で限定的に溜まっていました。活性酸素は細胞の老化やダメージの指標になることが多くの研究でわかっています。一方で、花が散るのが遅れるジャスモン酸関連の変異体では、本来花びらの根元で見られるジャスモン酸の蓄積がありませんでした。また、野生型と比べて、ジャスモン酸関連の変異体では活性酸素の蓄積も顕著に減少していました。そこで、理化学研究所の豊岡公徳上級技師らと連携し、花びらの根元の細胞を電子顕微鏡で詳細に観察してみました。散る直前の野生型の花びらの根元の細胞では、不要な物質はすべて分解されており、液胞には何も溜まっていませんでした。しかし、ジャスモン酸関連の変異体では、液胞内部に細胞質の成分である小胞がみられました。このことは、細胞の新陳代謝に異常があることを意味するとともに、花びらが散る過程で新陳代謝を担うオートファジーが重要であることを示唆します。

このことから、DNAの塩基配列を大規模に並列解析する次世代シーケンサーを駆使して、ジャスモン酸が溜まった後に花びらで働く遺伝子の順序を調べました。その結果、まずジャスモン酸が蓄積したときに、そのシグナルを伝えるMYC転写因子(タンパク質)がストレス応答を制御するANAC102遺伝子を転写します。次に、その遺伝子の塩基配列がタンパク質に翻訳されてできたANAC102転写因子は散る直前の花びらの根元で限定的に働き、オートファジーを制御するAUTOPHAGY RELATED GENES (ATG)遺伝子群が転写されることを突き止めました。この転写因子の働きにより、オートファジーを引き起こす場所と時間が厳密に決められます。atg変異体では花が散るのが遅くなることを明らかにしました。さらに、花びらの根元で限定的にオートファジーを誘導した場合でも、花びらを散らすという人工的な操作にも成功しました。この結果によって、花びらが散る過程でジャスモン酸がオートファジーを誘導するまでの遺伝子発現の順序を明らかにしただけでなく、ANACが引き起こすオートファジーにより古くなった花びらだけが選択的に散るために必要であることを解明しました。

最後に、野生型とジャスモン酸のシグナル伝達ができない変異体でオートファゴソームが作られ、それが分解されていく過程をイメージングで観察しました。ユビキチン(タンパク質の化学修飾に関わるタンパク質)様のタンパク質であるATG8aは、オートファゴソーム膜の形成と、選択的な分解基質の認識の両方に関わる重要な因子です。このATG8aに緑色の蛍光タンパク質であるGFPを融合したタンパク質を植物で全身的に作らせ、緑色の蛍光で光らせることにより、オートファゴソームが形成されて袋状の構造物ができる過程を観察できるだけでなく、分解されて蛍光がなくなっていく様子も見ることができます。

野生型では、花が散る時期が近づいてくるに伴い、オートファゴソームが作られて、GFPの緑の蛍光が多くなりました。散る直前になると、このオートファゴソームが液胞に移動し、内容物とともに分解されるので、野生型ではGFPの蛍光は見られなくなります。

一方、ジャスモン酸関連変異体では、花が散る時期が遅れるのと一致して、オートファゴソームが作られるのが遅れるので、GFPの蛍光が遅れて見えてきます。また、液胞に移動して分解されるのも遅れるので、GFPの蛍光も長い期間見られることがわかりました。このような実験結果から、細胞の中で起こるオートファジーによって、花びらの散る時期が決められることを明らかにしました。

【今後の展開】

本研究により、オートファジーによって古い花びらの根元の細胞の性質が変わり、その花びらが選択的に散っていくことがわかりました。また、花びらが散る過程でジャスモン酸がオートファジーを誘導するまでの間に遺伝子が働く順序を明らかにすることにも成功しました。今回の成果は、花びらが 散っていくという生命の神秘を支える普遍的な仕組みを知るだけでなく、その仕組みを有効に使って農業や園芸の分野で利用していくうえでも大きく貢献すると期待されます。

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【論文情報】

タイトル: Petal abscission is promoted by jasmonic acid-induced autophagy at Arabidopsis petal bases

著者: Yuki Furuta, Haruka Yamamoto, Takeshi Hirakawa, Akira Uemura, Margaret Anne Pelayo, Hideaki Iimura, Naoya Katagiri, Noriko Takeda-Kamiya, Kie Kumaishi, Makoto Shirakawa, Sumie Ishiguro, Yasunori Ichihashi, Takamasa Suzuki, Tatsuaki Goh, Kiminori Toyooka, Toshiro Ito, Nobutoshi Yamaguchi

掲載誌: Nature Communications

DOI: 10.1038/s41467-024-45371-3

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses112.html

【用語解説】

オートファジー: 細胞が古い、または不要な部分を分解し、再利用するプロセス。細胞の健康を維持し、ストレスや栄養不足の際に重要な役割を果たす。

ジャスモン酸: 植物ホルモンの一種で、植物の成長、発達、およびストレス応答に関与している。また、植物の防御機構にも重要な役割を果たす。

オートファゴソーム: オートファジーの過程で形成される、二重膜に囲まれた構造。細胞の不要な部分を含んでリソソームに運ばれ、分解される。

リソソーム: 細胞内の小胞体で、酵素を含み、細胞内の物質を分解する役割を果たす。オートファジーにおいては、オートファゴソームに含まれる物質の分解に関与する。

液胞: 植物細胞に見られる大きな袋状の構造で、水、栄養素、廃棄物などを貯蔵する。細胞の体積調整や廃棄物の分解にも関与する。

AUTOPHAGY RELATED GENES (ATG)遺伝子群: オートファジーを制御する一連の遺伝子。これらの遺伝子は、オートファジーの過程を開始し、維持し、調節するために必要なタンパク質をコードする。

ANAC102転写因子: 植物の核内で活動するタンパク質で、特定の遺伝子の発現を調節する。植物の成長や応答メカニズムに関与している可能性がある。

ユビキチン様のタンパク質: ユビキチンは小さなタンパク質で、他のタンパク質に結合して、その機能や分解を制御する。ユビキチン様のタンパク質はユビキチンと類似の機能を持つが、異なるタンパク質である。


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