News Release

マウス体内でラットの肺を持つキメラ動物の作製に世界で初めて成功

~異種動物の体内で多能性幹細胞由来の肺を作製へ~ 移植医療への貢献に期待

Peer-Reviewed Publication

Nara Institute of Science and Technology

image: 

A rat embryonic stem cells derived lung generated within a mouse body stained with epithelial cells (labelled with E-cadherin, shown in gray), rat cells (shown in green), mouse cells (shown in red), and DNA (labelled with Hoechst, shown in blue). Rat cells are predominantly detected in the lung, and the epithelial tissues are exclusively composed of rat cells.

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Credit: Shunsuke Yuri

【概要】

奈良先端科学技術大学院大学(学長:塩﨑 一裕)先端科学技術研究科 バイオサイエンス領域の由利 俊祐助教、磯谷 綾子准教授らの研究グループは、遺伝的に特定の臓器が作れない動物の胚(胚盤胞)に、その臓器になり得る幹細胞を注入して作らせる胚盤胞補完法と呼ばれる技術を応用した方法により、肺を欠損するマウスの体内で異種のラットの多能性幹細胞由来の肺を作り出すことに成功しました。

今回の研究では、肺の発生に重要な関わりがある遺伝子を欠損させ、肺を作ることができなくなったマウスの初期胚を用いました。その初期胚にラット多能性幹細胞を注入した後に、マウスの子宮へ移植し、マウス体内で発生させました。その結果、マウス体内に異種であるラットの多能性幹細胞に由来する肺を持つキメラ動物を作り出すことに世界で初めて成功しました。

今回の研究成果は、胚盤胞補完法の技術により、マウスの体内に異種の動物の肺を持つキメラを作製することが可能であることを科学的に示しています。

一方で、今回のラットの肺を持つキメラマウスは生後呼吸をせず、肺が機能する事はありませんでした。詳しく解析を行うと、肺胞腔内に空隙が少ないことや、未成熟状態を示す遺伝子が発現していたことから、マウス体内で作製したラットの肺組織は未成熟状態であることを示していました。ラットはマウスに比較して、受精卵からの発生システムの開始が2日遅いことから、この結果は、胚盤胞補完法により、異種動物体内で機能を持つ肺を作製するためには、動物が固有に持つ発生の時間スケールを考慮する必要性があることを示唆しています。

本研究成果により、今後、異種の肺欠損動物モデル内でヒトの多能性幹細胞由来のヒト肺を作製する研究が進展し、最終的には移植医療へと実用化されることが期待されます。

この研究成果は、2024年1月5日付でDevelopment誌に掲載されました。

【背景と目的】

肺は、酸素と二酸化炭素のガス交換を通じて、生命維持に不可欠な役割を果たす臓器です。しかし、肺の内部でガス交換を担う肺胞は慢性的な損傷からは回復できないため、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの肺疾患は治癒が難しく、全世界でも3番目に多い死因となっています。COPDや末期肺疾患の抜本的な治療法は、現在、肺移植が唯一の選択肢となっていますが、ドナー不足が深刻な問題となっています。その問題解決に向けて、世界的に生体外で多能性幹細胞から肺を作る試みがなされています。しかし、複数の細胞から構成される複雑な肺を立体的にかつ機能を有する状態で作製するまでには至っていません。

そこで、動物体内でその動物の持つ発生システムを利用することで、多能性幹細胞由来の立体的な臓器を作る手法である「胚盤胞補完法」を用いた臓器作製が注目されています。この方法は、臓器欠損モデル動物の初期胚(胚盤胞)に野生型の多能性幹細胞を注入したキメラ動物の体内で、多能性幹細胞由来の臓器を作る方法です。これまでに、胚盤胞補完法により、膵臓、胸腺、腎臓などの臓器がマウスとラットを用いた異種間キメラ動物体内で作られています。しかしながら、胚盤胞補完法を用いて、異種間キメラ動物体内で肺が作られたという報告はなく、作製できるかどうか自体が不明でした。そこで、本研究では、胚盤胞補完法により、ラット多能性幹細胞由来の肺をマウスとラットの異種間キメラ動物体内で作製する事が可能かどうかを明らかにすることを目的としました。

【研究成果】

一般的な胚盤胞補完法では、遺伝子欠損による臓器欠損モデル動物が用いられています。しかし、肺欠損動物は生後致死となるため生体マウスでの維持ができません。そのため、肺を欠損する動物の初期胚を得るためには、肺の発生に重要な役割をする遺伝子について、細胞の核内で「正常型」「欠損型」の組み合わせがペアになったヘテロ型である個体同士の交配が必要となります。つまり、「欠損型」同士がペアのホモ型の遺伝型(肺欠損)の初期胚は4分の1しか得られず、実験の効率が悪いという問題点がありました。さらに、臓器欠損の表現型を持つ遺伝型の細胞でも、正常細胞が混在するキメラになると、正常細胞の影響で、遺伝子欠損の表現型がレスキューされ、遺伝子欠損細胞も、欠損する臓器に寄与する可能性も考えられました。

今回の研究では、これらの課題を解決するため、肺の発生に重要な遺伝子であるFgfr2b遺伝子を欠損したES細胞を作製し、胚盤胞補完法とは逆に、野生型の胚盤胞へそのES細胞を注入する『逆・胚盤胞補完法』という方法を用いました。この方法では、全てのキメラ動物が肺欠損細胞と正常細胞を有するため、実験の効率をあげることができるうえ、発色する赤色蛍光蛋白質で標識した肺欠損のES細胞を用いることで、肺欠損細胞の分布を追跡することができます。

実験の結果、正常細胞がキメラ動物に10%以上の割合で含まれると、キメラ動物に肺が確認されることをつきとめました。すなわち、Fgfr2b遺伝子が欠損する動物体内に肺を作り出すためには、キメラ動物体内に野生型の細胞が10%以上含まれるという条件が必要であることがわかりました。また、ガス交換を行う肺の上皮組織には、Fgfr2b遺伝子欠損細胞が確認されなかったことから、Fgfr2b遺伝子欠損モデルでは、肺の上皮組織を野生型の細胞が補完しているという事がわかりました。

次に、ラットES細胞をマウス初期胚へ注入した際に、ラット細胞がどの程度マウスの肺へ寄与できるかを調べたところ、ラットの細胞は他の臓器と比較して、マウスの肺組織へ寄与しやすく、キメラ個体の肺にラットの細胞が10%以上寄与できるという事がわかりました。このため、肺を持たないマウス細胞を用いれば、異種間キメラ体内で、ラット多能性幹細胞に由来する肺を作り出せる可能性が高いと考えられました。

そこで、四倍体胚補完法という、完全にES細胞に由来する個体を作製する方法を用いて、Fgfr2b遺伝子を欠損するマウスES細胞とラットES細胞に由来するキメラ動物を作り出し、マウスライン(系統)を樹立することなく解析を行いました。その結果、マウスとラットの異種間キメラ動物の体内で、ラット多能性幹細胞に由来する肺を作り出すことに世界で初めて成功しました。また、その肺の上皮細胞はほとんどラット細胞で置換されていることも確認されました。

一方で、このラット由来の肺を持つ異種間キメラ動物を帝王切開により誕生させた直後に観察したところ、呼吸はせず、生後15分以内に致死となることがわかりました。異種間キメラ動物体内で作り出されたラットの肺を詳しく調べたところ、ラットの肺の肺胞腔内に空隙が少なく、肺が未成熟状態である可能性が示されました。ラットはマウスに比較して2日遅く発生することから、肺が実際に未成熟状態であるかを調べたところ、生後にも関わらず、ラット由来の肺細胞は未成熟マーカーであるSox9遺伝子を発現している状態を維持していたことから、機能を持つ肺胞へと最終分化しておらず、それが原因で作り出されたラット肺は機能しなかったと考えられました。

【今後の展開】

今回の研究では、マウスとラットの異種間キメラ動物の体内で三次元構造を持つラット多能性幹細胞由来の肺を作り出せることを明らかにしました。しかしながら、作り出された肺は未成熟状態で、胚盤胞補完法により、異種間キメラ動物体内で機能を持つ肺を作製するためには、動物が固有に持つ発生の時間スケールを考慮する必要性もあることが示されました。機能を持つ肺の作製には、さらなる研究が必要ですが、マウスとラットの異種間キメラ体内でラット多能性幹細胞由来の肺が作られることを示せたことは、将来的に、ヒトと動物間での胚盤胞補完法による肺作製の可能性を示すものであり、再生臓器の移植医療の発展に貢献するものと期待されます。

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【論文情報】

タイトル: Generation of rat-derived lung epithelial cells in Fgfr2b-deficient mice retains species-specific development

著者: Shunsuke Yuri, Yuki Murase, Ayako Isotani

掲載誌:Development

DOI: 10.1242/dev.202081

【研究室ホームページ】

https://bsw3.naist.jp/courses/courses214.html

【用語解説】

胚盤胞補完法: 臓器が欠損する初期胚(胚盤胞期胚)へ多能性幹細胞を注入し、代理母の子宮へ移植することで、多能性幹細胞が、本来欠損するはずの臓器を作り出す方法。動物の発生システムを利用し、動物体内で臓器を作製するため、三次元構造を持つ多能性幹細胞由来の臓器を作製することができる。

多能性幹細胞: 胎盤以外の生体のどの組織にもなる能力(多能性)を持つ細胞のこと。胚性幹細胞(ES細胞)や人工多能性幹細胞(iPS細胞)などがある。

キメラ動物: 1つの個体中に2つ以上の異なる遺伝型を持つ細胞が含まれる動物のこと。

ヘテロ型: 二倍体の生物にある特定の遺伝子座において、変異型と正常型といった同一でない対立遺伝子を持つ状態のこと。

四倍体胚補完法: 2細胞期の胚を電気融合して、四倍体の胚を作り、その胚へ多能性幹細胞を注入する方法。四倍体の細胞は、胎盤には分化することはできるが、胎児に寄与した場合、細胞死を起こす。そのため、四倍体の胚へ多能性幹細胞を注入した場合は、100%多能性幹細胞由来の胎児を得ることができる。


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