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「 悪性高血圧の予後が判明 」 ― 10年間の急性高血圧症の死亡・緊急透析リスクとそのリスク因子が明らかに ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

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・Mortality and urgent dialysis rates following AHT have increased.
・Aging, complex comorbidities, and HHF-type AHT contributed to the rising trend of mortality.

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Credit: Department of Nephrology, TMDU

 東京医科歯科大学 大学院医歯学総合研究科 腎臓内科学分野の内田信一教授、萬代新太郎助教、松木久住大学院生、横浜みなと赤十字病院の源馬拓医師(前 東京医科歯科大学病院特任助教)らは、東京医科歯科大学 大学院医療政策情報学分野の伏見清秀教授との共同研究で、これまで不明だった、悪性高血圧に代表される急性高血圧症の死亡リスク・緊急透析実施リスクを全国規模の入院データ解析により初めて明らかにしました。この研究は厚生労働科学研究費補助金の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際誌Hypertensionに、2023年10月11日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 高血圧患者数は最近30年間で倍増しており、世界人口の13億人(約6人に1人)が罹患しています。本邦でも成人の約2人に1人が罹患しています。長期間の高血圧によって全身の動脈が傷害されることで、心血管病(心筋梗塞、狭心症、心不全など)や脳卒中などの臓器障害をきたすことで、全身の臓器に悪影響を及ぼすことが分かってきています。このため、高血圧に起因した死亡率もまた増加傾向にあります。また、高血圧によって腎臓の濾過能力がおとろえることも知られており、慢性腎臓病による透析開始原因の第2位が高血圧となるなど、血圧と腎臓は密接に関わっています。

 研究グループはこれまで、塩分感受性高血圧や血管障害の分子メカニズムの解明をめざし研究開発を行って参りました。なかでも急激な血圧上昇によって微小血管障害、臓器障害をきたす症候群は急性高血圧症(acute hypertension)※1と呼ばれます。この病態の中に、最も予後が悪いと考えられてきた悪性高血圧(または加速型-悪性高血圧)を筆頭に、高血圧性脳症や高血圧性心不全といった病態が包まれます。

 急性高血圧症の発症頻度は、一般的な高血圧症とくらべると比較的低いものの、発症した際の死亡率はとりわけ高いことが知られています。これまでの疫学研究は、比較的小規模かつ、大規模研究は最近10年間ほどアップデートされておらず、近年の動向は不確かでした。加えて、入院後の緊急透析の実施率への影響については明らかにされていませんでした。今回研究グループは、新型コロナウイルスの世界的大流行前10年間(2010年から2019年)における、5万人以上の急性高血圧症患者を対象とした全国規模の調査を行い、急性高血圧症の院内死亡率と緊急透析実施率の動向と、関連するリスク因子についても明らかにすることを目的としました。

 

 

【研究成果の概要】

 本邦のDPC 入院データベース※2 の解析を通じて、急性高血圧症の院内死亡率と緊急透析施行率の近年の動向について、全国規模の実態調査を初めて行いました。本邦の8,000 以上の病院施設のうち、DPC 調査参加病院は5,000 病院を超え、現在 60%を超える入院症例を網羅しています。本研究は、2010 年から 2019 年にかけて急性高血圧症で入院した50,316 人を抽出し、発症率、死亡率、緊急透析施行率の動向とともに、リスク因子についてポアソン回帰分析で解析しました。DPC登録病名として識別可能な悪性高血圧、高血圧緊急症、高血圧切迫症、高血圧性脳症、高血圧性心不全の5つの病型スペクトラムを対象としました。

 患者年齢の中央値は 76 歳であり、59.4%は女性でした。悪性高血圧1,792人、高血圧緊急症17,907人、高血圧切迫症1,562人、高血圧性脳症6,593 人、高血圧性心不全22,462 人が含まれました。全体の年間発症率は、100,000人あたりのDPC登録全入院患者数に対して70人でした。10年間でみると明らかな減少はみられませんでしたが、高齢者や高血圧性心不全の占める割合が増加傾向にあることが分かりました。

 院内死亡率は 1.83%( 95% 信頼区間(CI) 1.40 - 2.40 )から 2.88%( 95% CI 2.42 - 3.41 )に増加しており、ポアソン回帰分析の結果、高齢、男性、低体重、悪性高血圧、高血圧性心不全、基礎疾患としての慢性腎臓病が死亡率増加のリスク因子であり、一方で病院規模の大きな病院(入院患者数)での診療は死亡率の低下と関連することが分かりました。

 特に体重に関して、低体重群では死亡リスクが高く、高体重群では死亡リスクがむしろ低下するという肥満のパラドクス※3 を認めました。とりわけ痩せている高齢者では、低栄養や身体的活動が低いために予備能が低い傾向にあることや、また体重減少やサルコペニアをきたすような基礎疾患を有している可能性が否定できないことが関係している可能性があります。さらに、痩せていることで一見して分かりにくい隠れたむくみ・うっ血が見逃されやすくなる可能性も考えられます。いずれの場合も、予備能を高めることを目的とした栄養療法や運動療法の介入は、急性高血圧、高血圧患者の予後を改善するために重要と考えられました。

 他方で、緊急透析実施率は、維持透析例を除いた 48,235人において 1.52%( 95% CI 1.12 - 2.06 )から 2.60%(95% CI 2.17 - 3.1 )に増加していました。ポアソン回帰分析の結果、基礎疾患としての糖尿病、慢性腎臓病、強皮症、急性高血圧病型として悪性高血圧、高血圧性心不全が、緊急透析の強いリスク因子であることが明らかになりました。また緊急透析の実施は、死亡リスクの増加と関連していました。緊急透析実施率の全体的な動向は、若年、男性、肥満、高血圧性心不全の病型、のそれぞれの緊急透析施行率の動向と類似しており、特定の高リスク集団の存在が示唆されました。

 観察研究である性質上、因果関係を証明するものではありませんので結果の解釈に慎重になる必要があります。また、データベースに検査データが含まれないため、より詳細なリスク因子の評価と、それらを克服するための治療戦略を構築するため、さらに検証を続けていく必要があると考えられます。

 

【研究成果の意義】

 急性高血圧症の粗死亡率は2010年から増加しており、高齢、低体重、高血圧性心不全の病型でとりわけ増加していることが明らかになりました。また、緊急透析施行率も増加傾向にあり、死亡リスクの増加に関連していることが分かりました。従来から「悪性」高血圧と呼ばれていた急性高血圧症ですが、最近の予後の傾向については疫学研究が不足しており、その詳細は不明でした。

 本研究によって、高血圧治療の進歩にも関わらず急性高血圧症の発症数は明らかな減少に転じていない事、未だに高い死亡リスク水準にあることが分かりました。必ずしも因果関係のみを反映した解析結果ではない点や、採血や画像検査データなどが不足していた点、退院後の長期予後を解析できない点などが今後の課題ですが、低体重患者における一見して分かりづらい体液過剰の早期発見や栄養状態への介入の重要性など、高血圧患者の死亡率改善に貢献し得る成果が得られました。

 

【用語解説】

※1 急性高血圧症: 血圧が高度に上昇することによって、単一または複数の臓器障害をきたすものを高血圧緊急症と呼称される。障害された臓器、重症度、血圧の程度などから複数の病型が存在し、あきらかな臓器障害を来す前段階までを包括したスペクトラムを急性高血圧症(acute hypertension)と近年総称されつつある。

※2 DPC データベース: DPC(Diagnostic Procedure Combination)は、本邦の入院患者に関する大規模データベースである。全国の DPC調査参加病院から収集された、退院時情報や診療報酬データなどから構成され、診断名・入院時併存症および入院後の合併症とそれらの ICD-10(International Classification of Diseases – 10; 国際疾病分類第10版)コード、併存疾患、手術処置名、在院日数、退院 時転機、入退院時の身体機能などの情報が含まれる。①診療報酬データベースであると同時に、②医療の透明性の向上(患者・国民)、③医療機関の客観的評価と比較(医療機関)、④医療資源の配分や政策の立案 (医療政策)、のために運用される多面的に有効なデータベースである。

※3 肥満のパラドクス(obesity paradox): 一般に肥満は多くの病態を悪化させるリスク因子であるが、BMI( Body Mass Index) が高いほどむしろ死亡率が低下するという疫学調査結果が、高齢者、慢性腎臓病、高血圧症、心不全、慢性閉塞性肺疾患などの幾つかの集団で認められている。痩せた患者では、低栄養や身体的活動度の低下がみられる傾向があり、また消耗性の基礎疾患を抱えている可能性もあるため、このような逆転した結果になるのではないかと考えられている。


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