image: (A) Principle of the technology. (B) Electrolysis of a tungsten electrode in physiological saline. The black lumps are oxides. (C) Procedure for applying this technology in vivo. (D) Dark-field observation image of a slice of a mouse brain in which this technology was applied in deep brain regions. (E) Enlarged view of the black-bounded area in (D). The glowing red mass is an oxide mark.
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概要
豊橋技術科学大学情報・知能工学専攻の博士後期課程 及川 達也、博士前期課程 野村 健人(2020年3月修了)、原 利充(2019年3月修了)、次世代半導体・センサ科学研究所の鯉田 孝和 准教授は、脳活動を記録した場所を特定するための非常に小さな「目印」を付ける技術を開発しました。この目印は、タングステン製の電極を脳へ挿して脳活動を記録したあとに、微弱な電流を流すことで作ることができます。また、目印を付けても脳組織へダメージを与えず、生きている動物の脳内で安全に残り続けます。本技術によって、特定の機能を持つ神経細胞の脳内分布を高精細に示すことができるようになりました。本研究成果は、2023年9月11日付でeNeuroにオンライン公開されました。
https://www.eneuro.org/content/10/9/ENEURO.0141-23.2023
詳細
海馬や視床のような脳深部から脳活動を記録する研究では、針状の電極を脳に挿して、神経細胞の電気的活動を記録する方法が広く使われています。電極を挿す脳活動記録法は、fMRIや脳波測定よりも高い時空間分解能で、かつ脳深部の組織からも記録できるという利点があります。しかし、針状の電極は細くて曲がりやすく、脳は圧力で容易に変形するため、電極を抜いた後に電極の先端が脳内のどこに位置していたかわからなくなるという欠点がありました。この欠点を補うため、記録部位に目印をつける「マーキング」手法が多く開発されてきましたが、その空間精度は低く、脳組織を壊してしまうという問題がありました。そのため、従来の実験手法だと脳の微細構造は0.1 mm程度の精度でしか理解できませんでした。
そこで、及川らは電極の材料としてよく使われるタングステンの電気分解に着目し、電気分解で発生する酸化タングステンを脳内へ留置する手法を開発しました。タングステン電極は電気分解によって、プラスの電流では金属酸化物、マイナスの電流では水素の泡を発生させます。ここでプラスとマイナスの電流を早い間隔で繰り返し流し続けると、タングステン電極の先端では酸化物の発生と、泡による酸化物の剥離が起こり続け、結果として酸化物の塊が形成されます。この酸化物の塊を脳内で作ることで、電極の位置を特定するための目印となります。
及川らはマウスとサルの脳を対象に、タングステン電極の先端位置で数十 μm径の酸化物を生成し、脳内に留置可能であることを確かめました。加えて、この目印をつくるための電流と脳内に留置した酸化物が脳組織にダメージを与えないことを確認しました。さらに、脳内に留置した酸化物は、脳スライスの標準的な染色法(ニスル染色)で染色され、暗視野照明による顕微鏡観察によって赤く光ることから、生体細胞やノイズと明瞭に区別可能となることを発見しました。これによって、マイクロスケールの小さなマーキングであっても広い脳内から容易に見つけることもできます。
開発秘話
及川らの指導教員である鯉田孝和准教授は、以下のように言います。「当初の計画では、マーキングは電極先端に付けためっきを剥がして目印にするという方法でした。実験手順の手違いでめっきを不完全に行った電極で実験していた際に、なぜか目印が作られることに気づきました。考えてみると、タングステン電極を針状に加工するときには電気分解がよく使われており、生体内でも同じ加工ができるのは当然でした。さらに、電気分解に必要な電流電圧のパラメーターは、電極に電流を流して神経細胞を強制的に活動させる実験のものと同一にできることも分かりました。つまり、マーキングに伴う生体への安全性は、これまで行われてきた電気刺激実験で実証済みだったと言えるのです。電気刺激によって電極の先端が削れてしまうことは誰もが知っていましたが、同時に発生する金属酸化物が生体内に留置され、マーキングになるということには誰も注目していなかったようです。」
今後の展望
現在及川らは本技術を応用し、ニホンザル脳深部の視覚中枢である外側膝状体の微細な機能的構造を解明すべく研究を進めています。効果的な応用例となることで、脳神経科学の基礎技術として普及することが期待されます。
また、生体内で金属の電気分解と留置を応用する加工技術は、脳動脈瘤を治療する塞栓コイルなどでも医療応用されており、一定の信頼があります。本研究で利用している微細な金属電極による計測と留置を組み合わせることで、医療に応用することも期待されます。
論文情報
Oikawa T, Nomura K, Hara T, Koida K (2023) A fine-scale and minimally invasive marking method for use with conventional tungsten microelectrodes. eNeuro ENEURO.0141-23.2023.
本研究はJSPS科研費 JP15H05917、JP19K22881、JP20K12022、JP20H00614、JP21H05820、JP23H04348の助成を受けたものです。
Journal
eNeuro
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
A Fine-Scale and Minimally Invasive Marking Method for Use with Conventional Tungsten Microelectrodes
Article Publication Date
11-Sep-2023