<概要>
豊橋技術科学大学応用化学・生命工学系(先端農業・バイオリサーチセンター兼務)浴 俊彦教授らの研究チームは、DNAメタバーコード法を用いて、田原市の2箇所のトウモロコシ・キャベツ輪作畑において、作物成長に伴う土壌生物の変動を解析しました。その結果、農地の土壌生物相や生物間ネットワークは、想像以上に、土壌環境、耕作履歴や作物による複合的な影響を受け、容易に変化することが明らかになりました。今後、土壌生物相解析法を活用することで、作物と土壌生物の関係が解明されるとともに、農地の高精度な生物性評価や作物病害予測が可能となり、作物栽培の技術改善に貢献することが期待されます。
<詳細>
土壌と人類とは、歴史的に農業を通じて、互いに深く関わってきました。2015年が国際土壌年に制定されたように、近年は国際的に土壌の重要性とその保全を再認識する動きが盛んになっています。土壌には、細菌や線虫、菌類など多様な生物が存在し、土壌生態系を構築していますが、その実態は明らかではありません。これまで研究チームは、遺伝子における生物固有の塩基配列の違いに基づいて生物種を識別する「DNAバーコード法」を駆使して、線虫の分析を行い、様々な土壌環境に適応した線虫集団の存在を明らかにしてきました。また、膨大な塩基配列を解読できる次世代シークエンサーを用いた「DNAメタバーコード法」を確立し、土壌に生息するすべての原核生物と真核生物の分析を可能にしました。
本研究では、2019年にトウモロコシとキャベツの輪作を行った、田原市の2箇所の畑(畑1と畑2)土壌に対して、DNAメタバーコード法を適用し、作物成長に伴う原核生物と真核生物の系統組成や多様性、生物間ネットワーク、土壌の化学性と生物の相関関係を調べました。研究対象の2つの畑には、前年の2018年に、畑1では、緑肥をすき込み、栽培を行わなかったのに対して、畑2では、同じトウモロコシ・キャベツの輪作を行ったという耕作履歴の違いがあります。原核生物と真核生物の分類のためのDNAバーコードには、16S, 18SリボソームRNA遺伝子の一部を使用し、塩基配列がわずかに異なる配列バリアント(sequence variant, SV)として、合計3,086種の真核生物SV、17,069種の原核生物SVを同定しました。SVのデータを詳しく解析した結果、第一に、畑と作物が異なる4つの土壌には組成の異なる生物群が存在し、畑や作物により土壌生物が影響を受けたことが示されました。第二に、土壌の化学性と土壌生物群との相関を調べ、土壌のpHや含水率、硝酸態窒素や栄養塩類の濃度等と密接に相関する生物系統やSVを見出しました。最後に、原核生物SV及び真核生物SVのネットワーク解析を行った結果、前年度に耕作を行わなかった畑1のトウモロコシ栽培時のネットワーク構造は、他と比べて、明らかに複雑度が低く、その後のキャベツ栽培により、ネットワークが複雑化したこと、この過程には菌類のほか、ケルコゾアなど原生生物が関与することを初めて明らかにしました。本研究により、農地の土壌生物相や生物間ネットワークは、想像した以上に、化学性などの土壌環境、耕作履歴や作物によって、複合的な影響を受け、容易に変化しうることが明らかになりました。
<今後の展望>
本研究から、DNAメタバーコード法が、農地の土壌生物分析に有用であることが示されました。近年の研究で、腸内細菌叢(そう)が人の健康に関与することが明らかにされつつありますが、植物(作物)と土壌生物との関係は、人と腸内細菌の関係に例えることができると考えられます。研究チームは、土壌生物、特に根圏の土壌生物が、作物の健康や生育に深く関与すると考え、今後、植物と根圏生物の相互作用に注目して、研究を展開したいと考えています。
<論文情報>
Harutaro Kenmotsu, Tomoro Masuma, Junya Murakami, Yuu Hirose and Toshihiko Eki (2023). Distinct prokaryotic and eukaryotic communities and networks in two agricultural fields of central Japan with different histories of maize-cabbage rotation. Scientific Reports, 13(1): 15435. doi:10.1038/s41598-023-42291-y.
本研究は、高橋産業経済研究財団、及びJSPS科研費(課題番号:22H02326)の支援を受けて実施しました。また、先端農業・バイオリサーチセンターの山内高広特任准教授と田原市の山本喜八朗氏には、本研究に多大なご協力をいただきました。この場をお借りして、感謝申し上げます。
Journal
Scientific Reports
Method of Research
Experimental study
Subject of Research
Not applicable
Article Title
Distinct prokaryotic and eukaryotic communities and networks in two agricultural fields of central Japan with different histories of maize–cabbage rotation
Article Publication Date
18-Sep-2023