News Release

「胎生期の造血幹細胞の増殖・維持に寄与する新規遺伝子の同定」 ― 造血幹細胞を生体外で増殖する技術開発への期待 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: Key findings of this study:Rasip1 is involved in the formation of hematopoietic stem cell-containing hematopoietic cell clusters in midgestation mouse embryo. Hematopoietic stem cells first arise in Sox17-expressing cells in hematopoietic cell clusters formed in the dorsal aorta at midgestation. Sox17 directly interacts with the Rasip1 gene promoter and induces the Rasip1 gene expression. Overexpression of Rasip1 in hematopoietic cluster forming cells led to maintenance of the clusters with high hematopoietic activity, while knockdown of Rasip1 in Sox17-transduced cells impeded the cluster formation and diminished the hematopoietic ability. view more 

Credit: Department of Stem Cell Regulation, TMDU

 東京医科歯科大学 難治疾患研究所 幹細胞制御分野 メリグ ゲレル大学院生、田賀哲也教授と中村学園大学 栄養科学部 栄養科学科 信久幾夫教授(東京医科歯科大学 非常勤講師併任)の研究グループは、東京医科歯科大学 実験動物センター、東京大学医科学研究所および農学生命科学研究科、京都大学iPS細胞研究所との共同研究で、胎生期に初めて造血幹細胞が出現する時期の造血幹細胞※1の維持に関与する転写因子Sox17の新たな分子機構として、Ras interacting protein 1 (Rasip1)遺伝子の発現制御領域に直接作用し発現を誘導することが、造血能維持に必要であることを突き止めました。この研究は文部科学省科学研究費補助金ならびに難治疾患共同研究拠点経費の支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Inflammation and Regeneration(インフラメーション アンド リジェネレーション)に、2023年8月8日にオンライン版で発表されました。

 

【研究の背景】

 造血幹細胞は、全ての血液細胞を生み出します。哺乳類において、胎生期に最初に造血幹細胞が生じるのは、大動脈に存在する血液細胞と血管内皮細胞※2の共通の起源細胞から、大動脈内腔に出芽するように形成される血液細胞塊※3であることが明らかとなっています。本研究グループは、この血液細胞塊の形成と造血幹細胞の維持に転写因子※4 Sox17が関与し、血液細胞塊の構成細胞にSox17を導入すると培養皿上で細胞塊を形成しつつ造血幹細胞を維持できること、また、これらの現象にはSox17が様々な遺伝子の発現を上昇させることが必要であることを報告してきましたが、まだ未解明の部分が多く残されていました。

 

【研究成果の概要】

 本研究では、転写因子Sox17が発現を誘導する遺伝子を同定することを目的として、転写因子Sox17が発現する細胞において緑色蛍光タンパク質であるGFP遺伝子が発現するマウス胎仔を用いて、血液細胞塊のSox17発現細胞および非発現細胞をそれぞれ回収して、遺伝子の発現を網羅的に解析しました。その結果、Sox17が発現している血液細胞塊構成細胞において発現が亢進している遺伝子としてRas interacting protein 1 (Rasip1) を見出しました。Rasip1は、血管内皮細胞において細胞の構造や接着に関与することが知られていましたが、マウスの胎仔においても大動脈に認める血液細胞塊の細胞膜に発現し、それらの一部の細胞では核内にSox17が共に発現していました。さらに、Sox17がRasip1遺伝子の発現制御領域に直接結合して発現を誘導することを明らかにしました。また、Sox17遺伝子を導入した血液細胞塊構成細胞に対してRasip1遺伝子の発現を実験的に減少させると、本来見られる造血能が低下した一方で、血液細胞塊構成細胞にRasip1遺伝子を導入して強制発現すると造血能の亢進が認められました。これらの結果から、Sox17により発現が亢進したRasip1が、造血幹細胞を含む血液細胞塊形成および造血能維持に寄与することがわかりました。

 

【研究成果の意義】

 血液細胞塊に生じた造血幹細胞は、その後、胎生が進むと肝臓に移り数を増やし、出生前には骨髄に到達し生涯を通じて維持されます。転写因子Sox17は、骨髄の造血幹細胞では発現が認められず、胎仔の造血幹細胞においてのみ発現が認められますが、他のグループの研究より、自己複製能が低く分裂がほとんど止まっている骨髄の造血幹細胞にSox17を導入すると、胎仔期の造血幹細胞のように自己複製が盛んとなり、造血幹細胞が若返るのではないかと報告されています。本研究グループが胎生期に初めて造血幹細胞が出現する時期に焦点を当てて見出したRasip1は、これら血管内皮細胞から生じる胎仔の造血幹細胞の特徴を決めている遺伝子の1つであると考えられます。現在、造血幹細胞移植において移植する細胞が不足しており、本研究の成果が、骨髄の造血幹細胞を生体外で増殖させ応用する技術開発への展開が期待されます。

 

【用語解説】

※1造血幹細胞

赤血球、白血球、血小板などの全ての血液細胞を生み出す能力(多分化能)と、自身が枯渇しないように複製する能力(自己複製能)を合わせ持つ細胞です。生体では、骨の中の骨髄に存在します。

※2血管内皮細胞

血液が流れる血管の管を構成する細胞を示します。胎生期の半ば頃にのみ、血液細胞と血管内皮細胞の両方を生み出す細胞が存在して、その細胞から生じた胎仔の造血幹細胞は血管内皮細胞で発現しているタンパク質が複数認められます。

 

※3血液細胞塊

ヒトを含む哺乳類では、胎生期において大動脈の血液細胞と血管内皮細胞の両方を生み出す細胞から血液細胞が生み出される時に、内腔に出芽するように血液細胞が生じます。この時は、まだ接着性が高いため血液細胞の小さな集合体となり、この集合体を血液細胞塊といい、この中に最初に造血幹細胞が生じることが知られています。この血液細胞塊は、胎生期の半ば頃のごく限られた時期にのみ認められ、すぐに消失してしまいます。

 

※4転写因子

ゲノムDNAが持つタンパク質の情報をRNAに写しとるかを決める時に、DNAに結合してRNA合成酵素を引き寄せる目印となるタンパク質を転写因子といいます。ただし、逆にDNAからタンパク質の情報をRNAに写しとるのを抑制する転写因子も存在します。


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