News Release

「PARK22 遺伝子変異によるパーキンソン病の発症メカニズムの解明」 ― 異常なα-シヌクレインのリン酸化を誘導する新たな経路 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: In healthy condition, CHCHD2WT localizes in mitochondria. In pathogenic condition, mutant CHCHD2T61I mislocalizes to the cytosol and recruits Casein kinase 1 epsilon/delta (Csnk1e/d, CK1epsilon/delta). CK1epsilon/delta phosphorylate α-Synuclein and other proteins to generate aggresomes, subsequently resulting in neurodegeneration. CK1epsilon/delta inhibitors repress generation of aggresomes and neurodegeneration. view more 

Credit: Department of Pathological Cell Biology, TMDU

 東京医科歯科大学・難治疾患研究所・病態細胞生物分野の鳥居 暁プロジェクト准教授、清水 重臣教授、順天堂大学大学院医学研究科神経学の佐藤 栄人先任准教授、服部 信孝教授の研究グループは、PARK22/CHCHD2変異によるパーキンソン病の発症メカニズムを明らかにしました。この研究は文部科学省科学研究費補助金、日本医療研究開発機構などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌EMBO Molecular Medicineに、2023年8月14日にオンライン版で発表されました。

【研究の背景】

 パーキンソン病の発症には、中脳黒質ドーパミン作動性ニューロンの変性・脱落が関わっていることが知られています。多くのパーキンソン病は、孤発性ですが、SNCA(α-シヌクレイン)などの遺伝子変異による家族性パーキンソン病も存在します。近年CHCHD2が、家族性パーキンソン病の原因遺伝子(PARK22)であり、孤発性パーキンソン病のリスク遺伝子となっていることが明らかにされました。しかしながら、そのパーキンソン病発症メカニズムに関しては未知な部分が多く、その疾患異常を改善する方法もわかっていませんでした。

【研究成果の概要】

 私達の研究グループは、今回、CHCHD2の最も多い疾患原因変異である61番目のスレオニンがイソロイシンに変化したT61I変異によるパーキンソン病の発症機序を明らかにすることができました。マウス由来神経芽細胞腫Neuro2a細胞を神経分化させた場合、CHCHD2野生型(CHCHD2WT)は、ミトコンドリアに局在していますが、T61I変異型(CHCHD2T61I)は、一度ミトコンドリアに入るものの、その後ミトコンドリア外に移動することがわかりました。この間違って局在したCHCHD2T61Iは、CK1ε/δをリクルートすることで、そのキナーゼ活性によりα-シヌクレインと神経フィラメント構成因子(NEFL)のリン酸化を引き起こし、結果としてアグリソーム※6の形成を誘導しました。マウスを使った解析では、Chchd2T61Iノックインマウスおよびトランスジェニックマウスともに、ドーパミン作動性ニューロンにChchd2T61I、CK1ε/δ、リン酸化α-シヌクレイン、リン酸化NEFLを含むアグリソームが形成され、神経変性特有の歩行異常、運動機能障害が見られました。同様のアグリソームは、死後PD患者の脳と患者由来iPS細胞から作製したドーパミン作動性神経細胞でも観察されました。そこで、CK1ε/δ阻害剤であるPF-670462で細胞やマウスを処理すると、α-シヌクレインとNEFLのリン酸化を大幅に抑制することができました。また、PF-670462は、ドーパミン作動性ニューロンの細胞死を抑制し、Chchd2T61I変異ノックインマウスのクラスピング(握り行動)や歩行異常などの神経変性表現型を改善させました 。

【研究成果の意義】

 今回の研究成果は、CK1ε/δがリン酸化α-シヌクレインを介して、CHCHD2T61I変異によるPDの病態に関与していることを示すものです 。このため今後CK1の阻害剤がCHCHD2T61I変異によるパーキンソン病の治療法候補の一つとして挙げられることが期待できます。さらにリン酸化α-シヌクレインは他の家族性もしくは孤発性パーキンソン病にも広く関与することがわかっているため、今回の結果はパーキンソン病全体の疾患治療に繋がる可能性を含んでおり、今後の更なる発展が期待できます。

【用語解説】

※1 パーキンソン病

振戦、無動、筋固縮、姿勢反射障害などの運動機能障害を起こす神経変異疾患です。原因として中脳黒質緻密部のドーパミン作動性ニューロンの脱落があることがわかっています。患者の約10%が家族性の遺伝子変異により発症することが知られており、残りは孤発性で発症原因はわかっていません。

 

※2神経変性疾患

遺伝子変異や、種々の環境要因により脳や脊髄の神経細胞が変性(神経細胞死)し、徐々に失われることで認知症や運動機能障害などを引き起こす病気です。アルツハイマー病やパーキンソン病、ハンチントン病などが知られています。

 

※3 PARK22/CHCHD2

coiled-coil-helix-coiled-coil-helix domain containing 2。CHCHD2タンパク質はN末端側にミトコンドリア移行シグナル、C末端側にCHCHドメインを持ち、ミトコンドリアの内膜と外膜の間の内腔に局在します。

 

※4カゼインキナーゼ1

真核生物が持つセリン・スレオニンキナーゼファミリー分子です。ある特定のタンパク質のセリンもしくはスレオニンにリン酸基を付与する酵素です。いくつかの類似した機能を持つアイソフォームが存在し、シグナル伝達、概日リズム、転写因子の核細胞質間移行などに関与します。

 

※5α-シヌクレイン

SNCA(PARK1/4)によってコードされるタンパク質で、その変異や遺伝子重複によって家族性パーキンソン病を発症させることが知られています。孤発性パーキンソン病やLewy小体型認知症にも関与し、患者の神経細胞内に見られるLewy小体や細胞内封入体の主要成分はリン酸化され異常蓄積したα-シヌクレインであることがわかっています。

 

※6アグリソーム

老化や神経変性疾患で蓄積することが知られている変性タンパク質の凝集体です。βシートを持つ繊維構造(フィブリル)を内包しています。


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