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π拡張ヘリセン―らせん状ナノグラフェン分子の合成に成功

分子スケールエレクトロニクスやナノメカニクスでの応用に期待

Kyoto University

グラフェンは、原子レベルの薄さのシート状の物質で、ベンゼン環がつながった蜂の巣状六角形格子構造を持ち、優れた電荷および熱伝導特性を示します(図1)。その部分構造である多環芳香族炭化水素は、ナノグラフェンと呼ばれ、バンドギャップを制御した半導体材料や、可視および近赤外光に応答する光機能材料として用いられており、その合成法、計算科学を用いた分子設計、固体状態での分子の配列などが近年盛んに研究されています。

 

一方で、グラフェンをらせん状にねじったらせん状グラフェンは、ヘリコイドと呼ばれるらせん面構造を有することにより、インダクションコイルとしての電気的特性、分子スケールのスプリング(ばね)としての機械的特性が期待されている物質ですが、合成されたことはなく理論上のものでした(図2)。

 

ベンゼン環を二つの置換基が隣り合うオルトの位置で縮環してできる、らせん構造を持つヘリセン分子は、キラル光学特性が盛んに研究されてきた光学活性な化合物です。しかし、そのπ共役系はらせん軸に対して垂直方向には広がっておらず、らせん面構造を持つらせん状グラフェンのモデル化合物として適したものではないため、らせん状グラフェンのモデル化合物はこれまで合成されていませんでした。

 

今回、本研究グループは、[7]ヘリセン分子の6か所のペリ位にベンゼン環を縮環し、ヘリセンのらせん軸に対して垂直方向にπ共役系を拡張した分子「ヘキサ-ペリ-ヘキサベンゾ[7]ヘリセン」の合成に成功しました。この合成は、マクマリーカップリング、光環化脱水素化反応、脱水素芳香族化反応を鍵反応とし、α-テトラロンを出発原料として9段階で行ったものです。この分子は、今まで合成されていなかった、らせん状グラフェンのモデル化合物であり、「らせん状ナノグラフェン」と呼ぶべき分子です(図3)。

 

X線結晶構造解析の結果、この分子はらせん構造を有しており、右巻きらせんの分子と左巻きらせんの分子が交互に積層した結晶構造を取っていることが分かりました(図4,5)。また、NMRスペクトルの測定の結果、らせんの端に位置する水素のピークが上または下にある芳香環の環電流効果を受け大きく高磁場シフトしていることが分かりました。

 

さらに、紫外可視吸収スペクトルにおいて、この化合物は675 nmという非常に長い波長に吸収帯を示すことが明らかになりました。分子軌道計算の結果、この吸収帯が最高被占軌道(HOMO)および最低空軌道(LUMO)の間の遷移に相当することが示され、HOMOとLUMOが分子全体に広がっていることが長波長吸収の要因であることが示唆されました。また、この分子のキラル光学特性について調べたところ、円二色性スペクトルの非対称性因子g値は1.6%と求められ、有機化合物としてはかなり大きな値を持つことが明らかとなりました(図6)。

 

一方で、この化合物は蛍光を発しないことが分かりました。過渡吸収スペクトルの測定の結果、この分子の第一励起状態の寿命は、1.2ピコ秒(ピコ秒は1兆分の1秒)と非常に短く、π拡張していない[7]ヘリセンの励起状態寿命 (14 ナノ秒、ナノ秒は10億分の1秒)と比べて4桁も短いことが明らかとなり、π拡張によって大きく光物性が変わることが分かりました。

 

今回合成されたらせん状ナノグラフェンは、分子スケールエレクトロニクスにおいてはインダクションコイルとして、ナノメカニクスにおいてはスプリング(ばね)として働くことが期待されるもので、その物性はきわめて興味深いものです。また、らせん軸の方向、およびその垂直方向に対してさらにπ共役系を拡張した分子についても、その合成及び物性について非常に興味が持たれます。本研究により合成された分子は、世界で初めて合成されたらせん状グラフェンのモデル化合物であり、本研究を契機としてらせん状グラフェンの研究が本格的に始まることが期待されます。

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本研究成果は、平成30年3月19日にアメリカ化学会が発行する学術誌「Journal of The American Chemical Society」オンライン版に公開されました。

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