News Release

「 リンパ球制御を可能としたヘテロ核酸の開発 」 ― 多発性硬化症など自己免疫疾患の治療に大きな進歩 ―

Peer-Reviewed Publication

Tokyo Medical and Dental University

image: (A) In normal mice, administration of HDO (red bar) more drastically suppresses α4β1 integrin gene expression in peripheral and splenic lymphocytes compared to antisense oligonucleotide (green bar). (B) In experimental autoimmune encephalomyelitis (EAE) mice, administration of HDO targeting α4β1 integrin after the onset of symptom has shown improvement in clinical score. (C) Administration of HDO targeting α4β1 integrin prior to the onset of EAE mice results in reduced Iba1-positive inflammatory cell infiltration (red) and improved demyelination (green) in Lumbar spinal cord.(D) In the mouse model of graft-versus-host-disease (GVHD), transplantation of spleen-derived T cells together with bone marrow cells after treatment with HDO targeting α4β1 integrin improved the survival curve. TCD : Transplanted bone marrow cells without spleen-derived T cells view more 

Credit: Department of Neurology and Neurological Science, TMDU

 東京医科歯科大学大学院 医歯学総合研究科 脳神経病態学分野 (脳神経内科)の横田隆徳教授、永田哲也プロジェクト准教授、大谷木正貴大学院生は、従来のアンチセンス核酸では導入効率が低かったリンパ球に対して、ヘテロ核酸を用いることにより、全身投与で高効率な細胞内取り込みと内在性遺伝子発現の抑制に成功しました。この研究は日本医療研究開発機構(AMED)の革新的バイオ医薬品創出基盤技術開発事業における研究課題「第3世代ヘテロ核酸の開発」、先端的バイオ創薬等基盤技術開発事業における研究課題「次世代血液脳関門通過性ヘテロ核酸の開発による脳神経細胞種特異的分子標的治療とブレインイメージング」(いずれも研究代表者:横田 隆徳)などの支援のもとでおこなわれたもので、その研究成果は、国際科学誌Nature Communications (ネイチャー コミュニケーションズ)に、2021年12月22日にオンライン版で発表されました。

【研究背景】
 核酸医薬は、従来の低分子化合物や抗体医薬では困難な標的RNAの選択的制御を可能とする先端的なバイオ医薬技術です。この3年ほどで脊髄性筋萎縮症、家族性アミロイドポリニューロパチーやデュシェンヌ型筋ジストロフィーなどの神経・筋疾患で既に核酸医薬が承認されています。これ以外にも、筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン病・アルツハイマー病等、多くの中枢神経疾患で臨床試験が進行しています。
 一方で、リンパ球を標的とした疾患、特に自己免疫疾患に対しては開発が進んでいません。リンパ球は、生体内での核酸(アンチセンス核酸やsiRNA)の取り込みが悪いため、血中に循環しているリンパ球内の遺伝子制御は非常に非効率的でした。そこで本研究グループは、ヘテロ核酸を用いてリンパ球の内因性遺伝子の発現抑制研究に着手しました。

【研究の概要】
 東京医科歯大学脳神経内科の研究グループは、従来の核酸医薬に比し、分子構造、多様なデリバリー分子、独自の細胞内作用メカニズムを持ち、高い有効性を示すDNA/RNAヘテロ2本鎖核酸を独自に開発しました。そこでリンパ球に対して、その効果を検証しました。マウスの静脈内にヘテロ核酸を投与すると、より長く血中に滞留し、末梢血液中のリンパ球における標的 RNA をアンチセンス核酸(ASO)と比較して劇的に抑制しました。さらにT細胞が血液脳関門 (BBB)を通過する際に利用する接着分子リガンドであるα4β1インテグリン(very late antigen (VLA)-4)※2を標的として、多発性硬化症モデルである実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)マウス※1に対して、その効果を検証しました。発症前投与では、有意な発症の遅延が観察され、組織学的にも炎症細胞浸潤や髄鞘の脱落(脱髄)の改善が見られています。また、発症後投与においても、EAE臨床症状の有意な改善を認めました。また、同じく発症機序にVLA-4の関与が報告されている移植片対宿主病(GVHD)モデルにおいても、脾臓由来T細胞をヘテロ核酸で処理した後に骨髄細胞とともに移植したところ、生存曲線の改善を認めました。一方、各種阻害剤で核酸の細胞内取り込みを検討したところ、ASOと比較してヘテロ核酸に特有の取り込み機構があることが示唆されました。加えて、採血で体内から取り出したリンパ球に対し、特に導入試薬を使わずにヘテロ核酸を作用させることで内在性遺伝子制御が可能となりました。今後、体内からリンパ球を体外に取り出して遺伝子制御を行った上で、体内に戻す治療方開発の可能性も出てきました。

【研究成果の意義】
 これまで、核酸医薬は、抗体と違い細胞内mRNAなどを標的とすることが可能であることから、次世代の医薬品として期待されていました。実際、代謝性疾患や神経・筋疾患で上市や開発が進んでいましたが、前述したとおり、リンパ球の遺伝子制御を目的とした医薬品の開発は進んでいませんでした。リンパ球の遺伝子が制御可能となれば多くの疾患が治療可能となります。今回論文中で示した、多発性硬化症・臓器移植における拒絶反応や、他の自己免疫疾患、全身性エリテマトーデス、炎症性腸疾患(IBD)、関節リウマチ等に加えて、リンパ球性白血病、難治性ウイルス性疾患、悪性腫瘍に対する免疫治療など広範な疾患に対する適応が期待できます。

【用語解説】 
※1 実験的自己免疫性脳脊髄炎(EAE)マウス
多発性硬化症(MS)は、リンパ球などの白血球が中枢神経系へ移行して髄鞘が破壊される脱髄により、脳・脊髄といった中枢神経系が障害される炎症性疾患で、その症状は視覚障害、高次機能障害や四肢の麻痺など多彩である。EAEマウスは多発性硬化症の動物モデルで、神経由来のペプチドとフロイドアジュバンドを免疫することで神経炎症と脱髄が誘発される。

※2 α4β1インテグリン(very late antigen (VLA)-4)    
リンパ球などの白血球細胞が血液脳関門を通過して中枢神経系へ移行する際、この通過には白血球(白血球炎症細胞)の表面に発現している α4β1インテグリン (VLA-4) 分子と血管内皮細胞表面に発現しているVCAM-1という接着分子との相互作用が関与している。多発性硬化症では、VLA-4に対する抗体ナタリズマブ(タイサブリ®)がVLA-4とVCAM-1の相互作用を阻害し、白血球の中枢神経系への移行を抑制することで治療効果を示す。(別名ITGA4/CD49d)    

※3アンチセンス核酸(ASO)
細胞内に存在する RNA等を標的とする核酸医薬で、1本のDNA鎖を基本構造として様々な化学修飾が施されている。既存の低分子医薬や抗体医薬では標的にできない細胞内のRNAを標的として結合することが可能で、標的RNAから翻訳される疾患に係わるタンパク質を一過性に低下、機能を抑制したり、発現上昇させたりと、これまで治療法のなかった疾患の治療薬の主流となりつつある。主な国内での承認薬としては、脊髄性筋萎縮症に対するヌシネルセン、家族性ポリアミロイドニューロパチーに対するイノテルセン、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するビルトラルセンなどがあり、現在も複数の臨床試験が進行中である。
 


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